奥伊勢の旨味 宮川物産

この町の自然が好き、わたしたちが愛する奥伊勢の旨味

べっぴんさんじゃなくても
無農薬で育てた柚子は
僕らの子どもみたいなもん。
小掠 悟さん
(小掠農園オーナー/柚子農家)

大台町産柚子の育ての親である小掠さん。
柚子農家の「先生」として今日も、
素敵な笑顔で人と柚子を繋げています。

ここらでは柚子が無農薬でちゃーんと育つんよ。無農薬やから、外側はちょっとでこぼこしたりと、べっぴんにはならんけど中身は安心。毎年収穫の時期を迎えるのが楽しみなん。「色づいた色づいた」って、もう子どもみたいなものやわ。もう少し南では蜜柑の栽培が盛んやけど、紀伊半島でも山間部で雨が多い大台町は、夏に乾燥を嫌う柚子を育てるのにあってるんやと思う。なんせ、樹がすくすく育っていくし。それに柚子は獣害にもあいにくいの。猿は木の下を通っていくだけで果実は食わんし、鳥は上の方を飛んでく。鹿が新芽や樹の皮を狙ってくるのが困るけど、それさえ気をつければセーフ。柚子の枝にはトゲがあるんやけど、鹿はトゲだけ残して枝葉を綺麗に食べる。剪定した枝葉を山にほかすと、次の朝にはもう枝だけになってて、見事やなあっていつも感心しとるよ。

今でこそ数が増えたけど、以前は奥伊勢で柚子を栽培していたのは、僕を含めて数軒やったんや。それまでの町の産業が斜陽になって、人工も減って行った。「里山を何とかせんと」と思ってた人たちが、新しい産業として始めたのが柚子やったんよ。

ウチもこの土地で100年以上暮らしてる一家でね。自分とこの将来と町の産業を考えて、柚子農業に挑戦してみることにしたん。僕は当時、森林組合におって柚子なんかの植栽の研究をもしてたもんで、少しは樹に詳しいつもりやったから。で、10本の苗を植えることから始めて、最初生き残ったのは5本やったなあ。それが今では140本。この数なら夫婦2人でも手作業のみで育てられるで充分なんさ。大台町全体の柚子の本数はもっと多いし、年々増えていっとるね。

柚子農家が増えたのは嬉しいね。友達ができるっちゅうのはええことよ。一人やとなーんか淋しいなってくるけど、友達ができてくると育て方を相談したり、「柚子で特産品を開発しよう」なんて話も出てきて盛り上がる。柚子友達とは、柚子の話ばーっかしとるよ。宮川物産さんからも「新商品を開発するから協力してほしい」って相談されて、「そんなんすぐできるよ」って胸を張って答えたりね。

もし、これから柚子をやりたいって考える人がいたら、僕のところに相談にきて。柚子は接ぎ木して育てるんやけど、それ用の枝をウチの柚子農園から分けてあげるしアドバイスもするし。柚子は手がかからないのに、皮よし、種よし、果実よしで、実の全部が商品になるええ作物よ。大台町が柚子の産地だってことも、これからもっと知られていくやろうね。ブランド化も夢じゃないと思っとるよ。みんな、もっと柚子をやったらええって僕は考えとる。若い柚子友達が増えるの、楽しみにしとるよ。

大自然に魅せられ移住。
アウトドア後は柚子ドリンクで
「おつかれサップ!」です。
野田 綾子さん
(大台町観光協会/大台町フィールドマイスター)

奥伊勢の大自然をフィールドに活躍する野田さん。
柚子と清流から生まれた「ゆずっこ」を携え
公私ともにアウトドアを満喫しています。

大台町って自然も人もホント素晴らしいんですよ。私たち夫婦は数年前に愛知県から移住してきたのですが、ご近所さんに「野菜を育ててみたい」と話をすると、すぐに畑や農機具を貸してもらえたりと、とても親切にしていただいています。食べ物も美味しくて、道の駅で新鮮な地元産の食材や、宮川物産の商品が手に入るのでまっこと便利。柚子ドリンクや柚子スイーツは、ウチに遊びにきた友達にもオススメしていますね。

の町で現在、夫は林業を、私は観光協会職員として働いています。主な仕事は、アウトドアプログラムを通じて大台町の自然を紹介すること。特に今力を入れているのが、「SUP(サップ)」という、サーフィンのような専用ボードを使った新しい水上スポーツで、宮川の清流に漕ぎ出し、お客さんに冒険気分を味わっていただいています。水上でSUPパドルを漕ぐ手を止めて周りを見渡すと、大自然を独り占めしている気分になるんですよ。SUPが終わったあとは「おつかれサップ!」を合い言葉にスタッフと柚子ドリンクで乾杯です。来年からはお客さんとも一緒に乾杯しようかな。私が好きな大台町の自然と食を、もっと多くの方に知ってもらえると嬉しい。大台町で軽トラを走らせSUPボードを運んでいる野田を見たら、気軽に声をかけてくださいね。

味や製法はもちろん
生産者さんとのつながりも
僕が受け継いでいくべきもの。
田村 和也さん
(宮川物産/工場長)

「いつか生まれ育った町に帰りたい」。
想いを叶えて工場長に就任した田村さん。
宮川物産を、町民から観光客までが
「行きたくなる」場所にしたいと奮闘中です。

社会人になってしばらく離れていましたが、生まれ育った自然豊かな奥伊勢が懐かしく、いつか帰りたいという想いが強くありました。そんなとき宮川物産が人材を募集していることを知り、食品関係で働いていたキャリアを行かせると考え応募。今に至ります。

工場長を引き継いでから大切にしてきたのは、まず第一に味や製法を守ることです。宮川物産ではきゃらぶきも鮎甘露煮も手作業で炊いています。機械化すれば効率が上がるでしょう。でもそれでは味が変わってしまいます。昔ながらの製法を受け継ぎ、この土地の味を子どもたちに残したい。山蕗や柚子などの食材にしても、奥伊勢は山間部で風の流れが非常によく、大台ケ原山系を源とする宮川の水系にある土壌ということでいいものができるんですよ。僕の代で終わらせたくないですよね。

もうひとつ大切にしているのが、生産者さんとのつながりです。ベテランの生産者さんから見たら僕は息子みたいなものでしょうけど、納品に来られたら笑顔を交わし、「また来週来てな」と一言二言でも会話できる親密な関係を大切にしたい。町の人たち、ひいては町全体が元気になることに、少しでも力添えできたら嬉しいです。これからの宮川物産の目標は、観光にきたお客様にも立ち寄っていただけるような名所になること。若者が働きたくなる、魅力ある会社にしたいですね。

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